この映画は上映終了後、あまり期間をおかずにビデオで観た記憶があります。その当時は長野県の急性期の病院で勤務しており、なかなか映画どころではなく、さらっと映画を観たのですが、内容はさっぱり分からず、「宮崎さんの映画は雰囲気ものになったんだな(^_^;)」というような感想をもちました。ただ、その当時のこの映画の評価は大変高く、周囲のみなさんは、「面白かった」という評価ばかりで、「面白くなかった」なんて、とてもとても言える雰囲気ではありませんでした。

さてさて、それから◯年経過しております。

昔観た映画をもう一度観ると、やはり色々発見がありました。

まず、この映画は邦画興行収入ランキングで1位をとっているんですね。というと多くの日本人の琴線に触れる何かがあるということですよね。

僕の印象ですが、この映画はマンガ日本昔ばなしを思わせるような世界観が描かれているなと思いました。

不思議な門をくぐり抜けたらそこは神様の国だった。神様の国の食べ物を食べた両親は豚に変えられてしまった。その国の油屋に住み込みで働く千尋、いや千。腐れ神、カオナシからの油屋のピンチを救い、皆から評価を受けて最後は無事に人間界に戻ると。

絵の雰囲気もそうですが、僕は日本昔話を思わせました。

小さい頃によく僕のお爺さんが、僕と妹の二人に日本昔ばなしの本を読んでくれたことを思い出します。

ハクはジブリの主人公の男の子では定番のかっこよさでした。元々は川の主で、千尋を救ったことがあるのですが、その川は埋め立てられて今はマンションになっていると、「また会おう!」と最後の千尋に言ってますが、千尋が人間界に戻ったらもう会えないのではないでしょうか?まあ、これはマンガってことですかね?

カオナシはもう一人の主人公??ですかね。神様の世界では異質な存在のようです。それだけに同じく異質な存在である千尋に惹かれる部分ってあったんでしょうか?人を飲み込んで砂金を払いますが、砂金はただの泥になってしまいます。ひと暴れすると馬鹿におとなしくなって、最後は銭婆のところでおとなしく過ごすとのこと。色々な面があるというところでは人間臭いのでしょうか?

最後の方のシーン、湯婆婆が豚を数匹並べ、「(湯)千の両親はどこにいる?」「(千)ここには両親はいない」「(湯)当たり!!」というシーンは多くの人の心を打つのでしょうね。親子の絆、ですね。いきなりのこの展開はまさにマンガ、ですけど、ここで千がこの豚の中に両親がいないことを当てるのは心の眼というか、ミラクルとしか言いようがないです。さらに油屋の皆さんが応援しているところをみると、皆さん湯婆婆のことはあまり良くは思ってないのではないでしょうか?雇われているから仕方ない、みたいな感じでしょうかね?

この映画のテーマは何でしょうか?・・・・ネットを調べると、生きてく強さ、とありますね。でも宮崎さんの映画ってどれも生きていく強さってテーマになってますよね(^_^;)?

パズーやシータのような、最初から生きていく強さが全開のアニメアニメしている主人公ではなく、親に何でもしてもらっていて、ぐずって頼りない極々普通の女の子として登場する千尋が描く、生きる強さ、みたいなのがテーマなのかな?^^;どうでしょうか?皆さん。

最後に非常に気になる点が一つあります。人間界に無事に戻った後、千尋の一家の引っ越しは無事に終わっていたのでしょうか??(^_^;)テーマとは何の関係もありませんけど・・・・。

つばさクリニック